恋人に別れを告げられてから一ヶ月が過ぎた。
帰宅してドアを開けると床にサッカーボール程の大きさの毛玉が転がっていた。人の毛と犬の毛を混ぜたような質感の塊が、風もないのに動いている。とても生きているようにはみえないが、乾いた笑い声のような音をたてて転がっている。(ずっと掃除をしなかったからほこりや髪の毛がたまってしまったのか)と考えていると、毛の塊が触手のようにのびてきて胸ポケットにさしてあったボールペンを奪った。奪ったボールペンを顔の前に持ってきたその仕草が催促しているように思えたのでペンをノックしてやると、床に落ちていた茶封筒に文字を書きはじめた。(マヤ文明の暦は2012年で終わっているから、2012年で文明社会は終わるかもしれない)と読めた。自宅の住所を横切るようにして書かれたので多少読みづらいが、そうとしか読めなかった。あと4年でなにもかも終わるのかと思うと胸がすっとするような感じがした。
残り4年間、あたらしい気持ちで生活したい。比喩ではなく脱皮して、あたらしい身体に変わりたい。イルカのようにつるんとして毛のない全身に、これまでのように棒状や穴状の性器ではなく、裂けるチーズを存分に裂ききったかのような束状の性器を持ち、その束を風になびかせることで快感を得るあたらしい生き物。内面はというと、前向きだとか後ろ向きだとかいう空間的な精神論から自由になったあたらしい心持ち。
水辺で束を風になびかせる生き物たちを、色調の変化を物体の固有色と光源色に分割してキャンバスではなく網膜上で色を混合させる点描画法で描いた巨大な絵画がロンドンのテートモダンの一室に展示されている。かろうじて美術館の建物だけが残ったが、建物の外の文明社会は終わってしまった。絵画を眺めていると、足元に毛の塊が転がってきた。白い毛が混じっていた。人の白髪だろうか、それとも白い犬の毛だろうか。触手がのびてきて胸ポケットにさしてあったサインペンを奪った。催促される前にキャップをはずしてやると、白い壁に丸を描きはじめた。黒い丸は時計の文字盤のように、円形に12個並べられた。円形に並んだ物を数える時には、どこかに印をつけておかないと重複して数えてしまって何個あるかわからなくなってしまうので注意したほうがいいということを懸命に教えようとしているようだった。この数え方については幼い頃ポンキッキでみたことがあるのを思い出し、懐かしい気持ちになった。