仕事初め。いつもより早めに出勤して、店のロビーに職員が並び、ウーロン茶とコーラとオレンジジュースで乾杯をした。誰かがマグロの身をものすごく小さなサイコロ状にしたおつまみを買ってきていたけれど、朝早かったので誰もお菓子は食べなかった。まだ正月休みの会社も多いのであまり訪問する先がなく、ホームセンターの集金と、住宅ローンの契約書をもらったのとで一日が終わった。ほとんど客がいないホームセンターの二階は改装中でなにもない空間になっていて、そこで9歳になる社長の息子がボール遊びをしていた。京都へ初詣に行ったあとでユニバーサル・スタジオ・ジャパンに連れて行ってもらい、そこで買いあたえられたスパイダーマンのボールだという。真っ赤なスパイダーマンの顔が描かれたボールにゴム紐がくっついていて、放り投げてもまた戻ってくるようになっていた。ゴム紐はもちろん蜘蛛の糸を表現していて、ボールの部分はスパイダーマンの顔を模している。手首にゴム紐をくくりつけてボールを放つ動作には、スパイダーマンが糸を出すのをまねる喜びがあるはずだけれど、糸を出した先にスパイダーマンがいるということは、いまボールを投げているのはスパイダーマンではなく、9歳の息子自身ということになってしまう。したがって、スパイダーマンの気分を味わって楽しむためには、ゴム紐の先にスパイダーマンを模したボールがくっついていてはいけないということになり、むしろゴム紐だけのほうがスパイダーマンに近づくことができるのではないか、だからこのゴム紐で我慢しなさいと説得してでも無駄な出費を減らさなければ、会長が残した莫大な借金を社長の代ですべて返済することはむつかしい。会長にはよく似た顔をした弟がいて、金物コーナーに座っている人物が会長なのか会長の弟なのかを判断するのも、かなりむつかしい。