万国の心配性の者たち

生まれてから四半世紀を過ぎるまでずっと、粉薬を飲むのが苦手だった。幼い頃、母親から教えられた飲み方は、舌をUの字型に曲げたところへ粉をさらさらと流し入れるというものだったけれど、まず舌をU字型にできなかったし、舌の上に粉薬をのせると薬を味わってしまい、その味が気持ち悪くて吐いてしまうこともあった。

結婚してから妻に教わった飲み方は、舌の下にある歯に囲まれた空間に少し水をためておき、そこへ粉薬を流し込むというもので、この方法なら薬をあまり味わうことなく飲めるのでかなり楽になった。教わるまでずっと病院に行くたびに(粉薬を出されたらどうしよう)とびくびくしていた。他にも怯えることはやまほどあった。物心ついた頃からとにかく心配性で、公園で遊んでいてもどこかで頭をぶつければ脳内出血で死ぬんじゃないかと不安になった。トイレで用を足せば、またすぐにしたくなるんじゃないかと不安になってトイレから出られなくなった。スイミングスクールに行けば水の中で苦しい思いをするのを想像しただけで絶望的な気持ちになり泣き叫んだ。服を着れば服の生地が肩のあたりと擦れる感覚が気になってしかたなく首を傾げる動きを何度も繰り返した。首を傾げた拍子に柱に頭をぶつけてまた脳内出血の不安に悩まされる。またなんとかスイミングスクールまでたどり着いても、プールの中でおしっこがしたくなったらどうしようと不安になってトイレから出られない。そんなことが続いてストレスから胃痛に悩まされ、病院に行けば粉の胃薬を出されて青ざめる、この繰り返しで四半世紀が過ぎてしまった。

そしてネクタイを締めた成人男性の姿をした今も、仕事で大事な打ち合わせがある前には緊張してトイレの個室にこもってしまう。脇の下を冷たい汗がつたっていく。子どもの頃なら泣き叫んで家に帰るところをなんとか耐えている、かのようにみえて、成人男性の姿をしたロボットを操縦しているのは6歳児であり、脇の下から流れているのはその6歳児の涙にすぎない。

同じような幼少期を経て、いまもそんな毎日を過ごしている者たちは、ほんとうはお互いに支えあっていくべきなのに、みんな怖がりで誰も積極的に声を上げられず、各々の不安の中で打ちひしがれている。万国の心配性よ、団結せよ!と呼びかけるような者は、そもそも怯えながら生きているはずがない……

少しでも将来の不安を減らすため、何か勉強しておきたいという気持ちからTOEICを受験した。

英文を読み、その文章が意図するところを選択肢の中から選ぶ問題を解いている最中、各地の試験会場の中で数名、鉛筆を持つ手が止まった。そこに書かれている英文は、まさに自分が幼少期の頃から悩まされてきた不安について書かれたものだった。頭を打つとすぐ不安になる者、トイレから出られなくなる者、ストレスから胃痛になり、粉薬の飲み方に苦しんできた者、すべての悩める人への特別クーポンです。当店で御食事された方にカリフォルニアロールをサービス致します……

回答用紙の該当箇所のマークが涙で滲んでいた人にだけ、後日配達記録郵便が届く。手紙の中には見慣れない住所しか書かれていない。しかし、受け取ったときにはそれが何を意味するのか既に気づいている。

手紙で指定された住所地へ行くと、シャッターが下りたままの店が目立つ商店街の中に一軒のスナックがある。店の外から中の様子を伺うことはできないのに、なぜかその扉を押すことには不安を感じない。深い赤色をしたビロードのカーテンに囲まれた室内には、既に席に座ってグラスを口に運んでいる人たちがいる。お互いに言葉は交わさず、黙って頷きあうだけでそっと隣に腰かける。やがてマイクを渡され、曲が流れ出す。ここでは人前で歌うことを恐れて泣く必要はない。店内に入ってどれくらいの時間が流れたのか。どこかから朝日が差し込んでいるのか、それとも夕陽に照らされているのか。打ちひしがれた者たちが、ロボットの中の6歳児が、自分の肌で風を感じておだやかにほほえむことができる時が、すぐそこまで来ているのかもしれない。

 

わけのわからないことで

悩んでいるうち

老いぼれてしまうから

黙りとおした 歳月を

拾いあつめて あたためあおう